学術情報
分泌性下痢を起こす原因の1つに、毒素原性大腸菌(Enterotoxigenic E. coli, ETEC)の感染があります。これは海外旅行したときにしばしば発症する一般的な下痢で、旅行者下痢症とも呼ばれています。最近よく聞かれるノロウィルスによる胃腸炎も、腸管上皮の感染によって分泌性の下痢を誘発します。
このETECが産生する毒素には易熱性腸管毒素(heat-labile enterotoxin, LT)と耐熱性腸管毒素(heat-stable enterotoxin, STa)があります。これらの毒素が、腸管上皮細胞の特定の受容体に結合し細胞内情報伝達系cAMPまたはcGMPの産生を亢進することで腸管上皮細胞の塩素イオンチャンネルCFTRを開き、塩素イオンの分泌を促進させます。この塩素イオンに付随して大量の水分が分泌されます。そこで、結紮したウサギの空腸内にLTまたはSTaを投与した時の腸液の分泌亢進に対する木クレオソートの効果を測定しました。木クレオソート(100 μg/mL)は、LTまたはSTaにより引き起こされる腸管内の腸液分泌亢進を抑制することが示されました。
腸管の水分分泌を測定する方法として、筋肉層を除いた腸管組織をウッシングチャンバー装置に装着して、輸送能の指標である短絡電流値(short circuit current, Isc)を測定する方法があります。Isc値が上昇すれば、マイナスイオンが漿膜側から粘膜側に移動したこと、即ち、マイナスイオン(この場合塩素イオン(Cl-))が腸管内に分泌したことを示します。
このウッシングチャンバーを用いて、LTまたはSTaにより引き起こされる腸管内へのイオン分泌亢進に対する木クレオソートの効果を評価しました。この結果、LT及びSTaにより引き起こされるIsc値の上昇を木クレオソートは抑制することがわかりました。
次に、CFTR塩素イオンチャンネルを細胞膜上に発現させた細胞を用いて、木クレオソートの塩素イオン分泌抑制作用を検討しました。このCFTR発現細胞に細胞膜透過型cAMPを添加すると塩素イオンが細胞外へ流出します。塩素イオンの細胞外流出は、塩素イオンが細胞外へ流出すると蛍光強度が増加する塩素イオン蛍光指示薬(1-(ethoxycarbonylmethyl)-6-methoxy-quinolinium bromide(MQAE))を使って測定しました。木クレオソートを添加すると、細胞膜透過型cAMP誘発による塩素イオンの流出は抑制されました。
腸管の粘膜下神経叢から分泌されるアセチルコリン(acetylcholine, ACh)は、腸管水分分泌亢進を起こす神経伝達物質として知られています。ウッシングチャンバーを用いて、ラットから摘出した空腸(小腸)または結腸(大腸)の粘膜層を使って、AChによるIsc値の上昇、すなわちイオン分泌亢進に対する木クレオソートの作用を確認しました。
木クレオソートを0.1-100 μg/mLの濃度で漿膜側に添加すると、用量依存的に空腸及び結腸におけるACh誘発のIsc値上昇を抑制しました。この抑制作用を、塩酸ロペラミドと比較すると、塩酸ロペラミドは空腸では低濃度で抑制効果がみられましたが、結腸では高濃度でないと抑制効果は認められませんでした。
このことから、木クレオソートはACh誘発性の小腸及び大腸における水分分泌抑制作用を示し、特に大腸では塩酸ロペラミドに比べ水分分泌抑制効果が優れていることが明らかになりました。
下痢の対症療法として医療機関でよく使用されている成分で、1989年にスイッチOTCとして認められ一般用医薬品としても販売されています。
腸管のオピオイド受容体に作用し、腸の蠕動運動を抑制し、腸管での水分分泌を抑制して下痢を改善します。出血性大腸炎や抗生剤に起因する偽膜性大腸炎には禁忌、細菌性下痢には原則禁忌です。