社内弁護士森田の訴訟奮戦記ブログ

このブログでは、大幸薬品の社内弁護士である森田が、「セイロガン糖衣A」ブランドを守るために行っている活動やブランドへの「思い」をお届けします。

裁判員裁判死刑判決破棄

2014年3月 3日

今回は、裁判員裁判において下された死刑判決が、高裁により破棄された事件について語っていきます。

この事件は、長野市一家3人殺害事件で、強盗殺人と死体遺棄の罪に問われた被告人に対し、裁判員裁判により行われた第1審の長野地裁は、被告人に対し死刑判決を言い渡しましたが、2審の東京高裁は、1審判決を破棄し、被告人に対し無期懲役を言い渡しました。

(なお、前提知識ですが、裁判員裁判では、1審は裁判員により行われた場合でも、2審は裁判官のみで行われます。)

報道によれば、1審の死刑判決を2審で覆すのは、今回で3例目だということです。

しかも、覆したのは、いずれも東京高裁の同じ裁判長によるものだそうです。

なぜ死刑判決を無期懲役判決に覆したのかについては、「過去の先例を重視」したとのことのようですが、明確な理由は不明です。

しかしながら、そもそも裁判員裁判は、「過去の先例」ではなく、「刑事事件に市民の感覚を導入する」ことを主眼に導入された制度です。

理由はどうあれ、裁判員が何日間も悩み、下した結論を高裁で覆す事例が何度も出てきては、裁判員裁判の意義は全くなくなってしまうと思います。

私は裁判官ではないので、死刑判決を下す判断をしたことはありませんが、担当された裁判員にとっては、今までの人生で初めての、相当重い判断であったに違いありませんし、この裁判には1審の裁判官も参加されていたのですから、過去の先例も検討されたと思います。

そういった意味で、なぜ今回、東京高裁は死刑判決を破棄したのか、私としては疑問です。

この点について、最高裁は、ある事件において、「事実認定がよほど不合理でない限り、裁判員裁判の判断を尊重すべき」との判断を示しています。

また今回の事件ではありませんが、1審の死刑判決を2審で無期懲役にした事件について、検察庁は最高裁に上告しているのですが、その上告趣意書において、上記の最高裁の判断も引用しつつ、破棄判決に対し、「一般市民の量刑感覚を個々の裁判に反映させるという裁判員制度の趣旨を損なう」と主張しているそうです(今回の判決も同様の主張をするものと思われます)。

一方、今回の判決に対しては、「死刑判決を下すには慎重にも慎重に判断する必要がある」「裁かれる者の公平性の観点から、裁判員裁判が導入されたからといって死刑の基準が極端に変わることがあってはならない」として、判決に理解を示す意見もあるようです。


ところで、今回紹介した判決と同日に下された判決で、これは仙台高裁の判決なのですが、第1審の裁判員裁判では無期懲役だったものを、懲役15年にした判決がありました。

しかもこの高裁判決までには、裁判員裁判が2回開かれています。つまり、1回目の裁判員裁判に対して、仙台高裁は「審理を尽くしていない」として、1審に事件を差し戻し、そして差し戻し後の裁判員裁判で下された無期懲役判決に対し、今回、仙台高裁は懲役15年の判決を下したのです。

これについては、同じ事件で二度も裁判員の貴重な時間を使って下された判決を尊重する選択肢はなかったのでしょうか。

もう少し、裁判員に配慮した判断が必要だったように思います。

裁判員裁判制度が導入されたまもなく5年が経過しますが、今回の件を含め様々な問題点が洗い出されているように思います。法務省を含め関係省庁は、本制度の存続も含めて真剣に議論し、改善すべきところは改善していただきたいと思います。

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