社内弁護士森田の訴訟奮戦記ブログ

このブログでは、大幸薬品の社内弁護士である森田が、「セイロガン糖衣A」ブランドを守るために行っている活動やブランドへの「思い」をお届けします。

遺族補償年金受給制限違憲判決

2013年12月 3日

今回は、先日違憲判決が出された、遺族補償年金不支給決定取消訴訟について、語っていきます。

まず、遺族補償年金(遺族年金)について説明をしますと、公務員や民間企業での労働者が公務・業務を原因として死亡した場合、その者の収入で生活していた遺族に支給される年金のことで、根拠法令は異なりますが、要件を満たせば、国家公務員、地方公務員、そして民間企業での労働者の遺族それぞれに支給されます。

今回、裁判を提訴したのは、妻が地方公務員をされていた夫で、根拠法令は地方公務員災害補償法です。

何が問題になったかと言えば、同法では、遺族年金を受給する配偶者の要件について、夫が死亡した場合には、その妻は夫の死亡時に何歳であっても、同年金を受給できるのに対し、妻が死亡した場合には、その死亡時に夫が55歳以上でなければ、同年金を受給することができないとされていることです(しかも夫が55歳の場合、妻のようにすぐに受給できるわけでなく、60歳になってはじめて受給できるのです)。

今回の裁判の原告は、妻が死亡した時の年齢が51歳であったことから、この男性には、上記の年齢制限により受給は認めない旨の決定が下されました。

そこで原告は、同法の上記年齢制限は、法の下の平等を定める憲法14条に反するとして、不支給決定の取り消しを求め、提訴したのです。

結果は報道でも報じられた通り、大阪地裁は、遺族年金を受給するための年齢に男女間で差を設けるのは合理的ではなく、法の下の平等に反するとして、原告の主張を認めました。

理由は、報道で報じられている通り、一言でいえば、この法律ができた「昭和40年代当時からの社会情勢の著しい変化」です。

具体的には、女性の社会進出が進んだこと等により共働き世帯の数が専業主婦世帯のそれを逆転したこと、男性の非正規雇用が増加したことにより専業主婦世帯が一般的な家庭モデルではなく、むしろ共働き世帯が一般的な家庭モデルになっていること、それまで母子家庭にしか支給されていなかった児童扶養手当が、2010年8月以降、父子家庭にも支給されることとなったこと等です。
確かに私の周りを見ても、子供ができるまでは夫婦ともに働き、出産時は、妻は一旦休職するものの、出産後はまた職場に復帰するというケースが多いような気がします。

一方で、出産後職場復帰をしようとしても、子供の預け先がないために復帰をあきらめたり、子育てとの両立が難しいことから途中で仕事を辞めてしまうケースも依然として多いような気もします。

そういった意味で、今回の判決内容、特に「共働きが一般的な家庭モデルになっている」と判示した点については、評価の分かれるところだと思います。


ところで、この裁判の報道を耳にし、私が胸を痛めたのは、この原告の男性の境遇です。

報道によれば、某市立中の教員であったこの男性の妻は、生徒の暴力や学級崩壊が原因でうつ病を発症し、その後自宅で自殺しました。

その後、夫である原告は、公務災害の認定を求めましたが、認定を受けられなかったため、裁判所に提訴し、その結果、公務災害の認定を受けることができました。

しかしこの時すでに、妻の死亡から12年もの月日が流れていました。

このように長い時間をかけ、やっとの思いで公務災害の認定を得たにもかかわらず、今回の裁判で問題になった年齢制限により遺族年金の受給を拒まれてしまったのです。

その後、今回の裁判を提起し、勝訴判決を勝ち取ったわけですが、この時には、妻の死からなんと15年もの月日が流れていました。

この15年間、男性にとっては、妻の死、公務災害不認定、遺族補償年金不支給決定等、筆舌に尽くしがたい辛酸をなめたことは容易に想像できます。

公務災害の不認定を覆すための裁判、そして今回の裁判等それぞれのアクションを起こすたびに自分の気持ちを整理し、前に進もうとする気持ちがなければ、今回の判決までたどり着くことは到底できなかったでしょう。

今回の裁判を闘い切った原告の熱い思いに敬意を表するとともに、今回の判決から、「裁判所とは、多数決原理から零れ落ちた少数者の人権を守る最後の砦」であることを再認識した次第です。

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