社内弁護士森田の訴訟奮戦記ブログ

このブログでは、大幸薬品の社内弁護士である森田が、「セイロガン糖衣A」ブランドを守るために行っている活動やブランドへの「思い」をお届けします。

成年被後見人の選挙権喪失規定違憲判決

2013年3月18日

今回は、成年被後見人に対し選挙権を認めない公職選挙法の規定について違憲判決を下した裁判について語っていきます。

皆さん、成年後見人制度という制度をご存知でしょうか。

これは民法の制度で、簡単に言えば、認知症などの知的障害があり、自分の財産を十分に管理、処分することのできない人のために、財産を管理する後見人を選任し、この後見人によって財産を適切に管理させることで、後見人を付けられた人(「被後見人」)の保護を図ろうというものです。

手続きとしては、本人やその配偶者、親族が、家庭裁判所に、後見開始の審判を行うよう請求し、これを受けて家庭裁判所が、本人について、自分の財産を十分に管理、処分できず、後見人を付けるのが相当であると判断した場合には、後見開始の審判が行われ、その本人は成年被後見人として、後見人が付されることになります。

この後見人には、親族が選任されたり、場合によっては弁護士や社会福祉法人等が選任される場合もあります。

そして、後見人を付けられた被後見人は、後見人の同意がなければ、法律行為(売買や賃貸借、雇用契約等)ができず、後見人の同意なくして、被後見人がこのような行為をした場合には、食料品や衣服の購入等日常生活に関するものを除き、後見人はその行為を取り消すことができます。

以上が成年後見人制度の主な概要です(なお、この制度は「成年」とあるように20歳以上の成年を対象にしており、20歳未満のいわゆる未成年には別途「未成年後見制度」等があります)。

ところで、今回取り上げる裁判で問題になったのは、公職選挙法という法律の規定で、上記で説明した「成年被後見人」について、国政選挙や地方選挙等における選挙権を一切認めていない規定です。

この規定が、全ての国民が「法の下に平等」であり、成年被後見人という「社会的身分」により、「政治的関係」において差別されないと規定した憲法14条等に反するとして、成年被後見人である原告が、選挙権があることの確認を求めて、東京地裁に提訴したのが、今回取り上げる事件です。

ここで、「あれっ?」と思った方はいらっしゃいませんでしょうか。

そうです。そもそも「成年後見人制度」は自分の財産を適切に管理、処分することができない成年被後見人のために、その人やその人の「財産を保護する」という観点から設けられた制度です(そのために「民法」に定められています)。

そのような成年被後見人が、なぜ選挙権まで奪われなければならないのでしょうか。

この点、憲法の教科書を読んでみると、選挙権には、純粋に「個人の権利」という側面と、国会議員、地方議員、県知事、市町村長等の「公務員」を選任する行為という意味で「公務」という側面の2つの側面があり、後者の「公務」という側面からはある程度の判断能力が必要であり、「成年被後見人」に選挙権を認めてない公職選挙法の規定は、必要最小限度の制限である(つまり憲法には違反しない)という説明がなされています。

しかし、自分の財産を管理、処分する能力と、国会議員等を選ぶ能力とは論理的に結びつくものなのでしょうか。

成年被後見人でない選挙人すべてが、国会議員を選ぶのに十分な能力を有しているのでしょうか。

今回、東京地裁は、成年被後見人に選挙権を認めていない公職選挙法の規定は、憲法に反するとして、原告である成年被後見人に選挙権を認める判決を下しました。

報道によれば、判決では「後見開始の審判の際に判断されるのは、財産を管理・処分する能力の有無であり、選挙権を行使する能力とは異なる」と指摘するとともに、全ての成年被後見人が選挙権を行使する能力を欠くわけではないのは明らか、としました。

また、第三者からの働きかけによる不正な投票等が行われる可能性があるとの国の主張についても「不正投票が国政選挙の結果に影響を与えるなど、選挙の公正が害されるおそれがあるとは認められない」として、この主張を退けました。

今回の東京地裁の判決は、まさに私の上記疑問(財産を管理処分する能力と国会議員を選出する能力が論理的に結びつくものなのか)に明確に答えるもので、妥当な判決だと思います。
なお、これと同様の裁判は、札幌、さいたま、京都の3地裁にも提訴されており、他の裁判所がどのような判断を下すのか注目したいところです。

ところで、先に、今回の公職選挙法の規定に関する憲法の教科書の説明をしましたが、私が司法試験受験生のときには、恥ずかしながら、この教科書の説明をいわば鵜呑みにし、選挙権は「公務」の性格もあるから、ある程度の能力は必要で、成年被後見人に選挙権がないのは止むを得ないと単純に思っていました。(しかもこの教科書は、その世界ではその名を知らない人はいないほど有名な憲法学者が執筆されたものです)。

しかしながら、この条文の存在により、選挙権を行使したくても行使できない成年被後見人の方が現実にいて、その方のために、有名な憲法学者ですら憲法違反とは考えていなかった公職選挙法の条文に疑問を持って、国を相手に裁判をし、そして見事勝利した弁護士の皆様に頭が下がります。

もしこの弁護士の存在がなければ、選挙権を行使したいと思っていた成年被後見人の方は、悔しい思いを抱えながら、泣き寝入りをしていたのかもしれません。


ところで、弁護士法という法律の第1条に、弁護士の使命として、以下の条文があります。

「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」

今回の裁判は、この弁護士の使命を改めて再認識させる裁判であり、私自身、胸が熱くなりました。

私は企業内弁護士ですから、今回のような裁判の活動はできませんが、この弁護士の使命を意識しつつ、普段の業務にあたっていきたいと思います。

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