社内弁護士森田の訴訟奮戦記ブログ

このブログでは、大幸薬品の社内弁護士である森田が、「セイロガン糖衣A」ブランドを守るために行っている活動やブランドへの「思い」をお届けします。

商標としての「正露丸」の歴史(その1)

2012年2月 7日

今回からは、数回に渡り、「正露丸」やそれに関する商標の歴史について述べていきたいと思います。

過去に紛争になった「正露丸」に関する商標は、「正露丸」(振り仮名なし)だけでなく、「征露丸」や「セイロ」、「正露丸」にカタカナの「セイロガン」の振り仮名を付した「正露丸(セイロガン)」などがあります。

今回はもっとも古い「征露丸」についてです。

この名称の由来についてですが、日露戦争で服用されたこともあり、「ロシアを征伐する」という意味が込められていたそうです。

この「征露丸」商標は、明治38年9月8日に、T合資会社(佐賀県)が商標登録したもので、その後、大正11年10月27日、N氏がこの商標の一部を譲り受け、この商標の共有者となります。

そして大正13年、A製薬㈱他2社が、特許局(現特許庁)に「征露丸」の商標登録無効審判を請求し、それに対し、特許局は、日露間の平和回復後は、その語意に照らし国際間の信義に反すること等を理由として、無効の審判がなされました。

その後の大正15年6月28日、その当時の最高裁判所にあたる大審院は、「征露丸」が、クレオソートを主剤とする胃腸用丸薬の普通名称にあたること等を理由として、特許局による「征露丸」商標の無効の審判を支持、「征露丸」商標の無効が確定しました(つまり「征露丸」商標の登録が取り消され、遡って登録がなかったものとされました)。

しかしながら、その後もN氏が「征露丸」を使用していたため、大正15年頃、「セイロ」の商標を有していたN製薬㈱が、「征露丸」が「セイロ」に類似しているとし、「セイロ」の商標侵害を理由に告訴したことから、昭和12年頃にはN氏は「忠勇征露丸」の名称を使用するようになりました。

しかしながら、これについてもN製薬㈱は、「セイロ」の商標権に基づく「忠勇征露丸」の使用等の差し止め訴訟を提起しました。

この裁判については、昭和18年5月、和解が成立し、N氏の「征露丸」についての使用権が認められました。

これによりN氏の「征露丸」「忠勇征露丸」の使用が認められ、昭和21年、N氏の相続人から、「征露丸」「忠勇征露丸」に関する一切の権利を、柴田音治郎(当社の設立者です)を経由して、当社が譲り受けました。

そこから当社による「征露丸」の使用が始まったのです。

そしてその後、厚生省薬務局(当時)による「征露丸」を「正露丸」に改めるようにとの行政指導に基づき、「正露丸」を使用することとなり、現在に至っています。

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